(2)意識が「世界」を作り出している—意識の「統合作用」について―

●加えて、私たちの「意識」には、たいへん不思議な能力があります。私たちは、この世界を目、耳、鼻、舌、皮膚といった感覚器官を通じて認識しています。視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚は、まったく別の感覚器官で感じる感覚です。しかし、私たちの意識は、それら別々の感覚を統合して、ひとつの世界を組み立てているのです。

●私たちは、全体として存在している「外的世界」を私たちの感覚器官が写しとっていると思っています。しかし、事実はそうではありません。目、耳、鼻、舌、皮膚といったまったく別の感覚器官からもたらされる感覚を、私たちの意識が「ひとつの世界」にまとめ上げているのです。

●以上から、次のことが分かります。私たちが「外的な世界」と思っているものは、実は、私たちの意識(知的作用)が作り上げた世界です。外的世界そのものではありません。

●ですから、確かなことは、様々な感覚を私たちに与える総体としての「客観的な世界」があることではなく、感覚器官が受容した刹那的な刺激を統合して「ひとつの世界」を作り上げている私たちの意識があるということなのです。

*カント(1724-1804)は、『純粋理性批判』の中で、以上の考え方を、超越論的統覚(または先験的統覚)(die transzendentale Apperzeption)という概念で説明しています。カントは、現象というものは主観から独立したものではなく、主観そのものが有する認識形式によって構成されるものだと指摘しました。なお、この点はむしろ、ルソーの『エミール』第4部の「サヴォア助任司祭の信条告白」がより分かりやすい説明をしています(ルソー[今野一雄訳]『エミール(中)』(岩波文庫、1963年)132頁)。

☞果てしなく広がるこの世界が存在することと、私たちが世界を認識することとは同じことである